「子どもの心の健康を支える体内時計」
博士研究員 松井公宏
私は2022年3月に筑波大学にて博士号(スポーツ医学)を修得し、筑波大学体育系で研究員を務めた後、2023年4月から順天堂大学スポーツ健康医科学研究所の博士研究員に就任しました。現在は鈴木宏哉先任准教授(測定評価学・発達評価学)のご指導のもと、子どもの発育発達に関する研究を進めております。今回のリレーコラムでは、現在、私が興味をもって取り組んでいるテーマについてご紹介したいと思います。
突然ですが、みなさんは体内時計という言葉をご存じでしょうか。ヒトの体温やホルモン分泌などには日内変動があり、日中の活動時間には覚醒度が高まり、夜間には眠気が生じるように調整されています。このようなヒトの体内時計は朝型と夜型、そのどちらとも言えない中間型といった3つのタイプに大別されると言われています。一般的に、体内時計は幼児期や学童期には朝型を示し、思春期以降は夜型になりやすいことが知られています。しかしながら、近年における社会的な変化(情報通信技術の発達に伴う電子機器の使用時間の増加、車移動に伴う運動不足など)は「幼少期の子どもの体内時計は朝型である」という常識を変えつつあります。興味深いことに、2015年に実施された子どもの体内時計についての調査では、小学生の9.9%が夜型、中間型が46.7%であり、小学生の過半数が朝型ではないこと、すなわち、子どもの夜型化が指摘されています。
では、なぜ子どもの夜型化が問題なのでしょうか。最近の研究では、体内時計とメンタルヘルスの関係が明らかにされつつあります。例えば、若年者を対象とした研究では、体内時計が夜型であるほど抑うつ症状が顕著に現れることを報告しています。また、実験的に中枢神経の概日リズムを撹乱したマウスでは、うつ様行動が観察されるといった興味深い知見も報告されています。さらに、ブラジルで実施された最近の研究では、夜型の幼児は朝型の幼児よりも心理社会的健康度が低いことが明らかにされました。これらの知見は体内時計の乱れが精神的不調の原因であることを示唆しており、体内時計を朝型に調節することが子どものメンタルヘルスを良好に保つ上で重要である可能性を示しています。
体内時計を調節する方法について、従来では、体内時計のタイプは遺伝的要因により決まっており、後天的に修正することが難しいと考えられてきました。しかし、最近の研究では、朝食欠食や身体不活動、長時間の人工光への暴露(テレビ視聴やスマートフォン使用)といった好ましくない生活習慣は、生体リズムの位相を後退させ、体内時計を夜型化させるといった可能性が指摘されています。このような好ましくない生活習慣を改善していくことが体内時計を朝型に整え、子どものメンタルヘルス向上に役立つと考えられます。私は、今後の研究活動において、子どもの体内時計を朝型に整える介入プログラムの構築に精力的に取り組み、子どもの健やかな発育発達に貢献していきたいと思っています。