「スポーツパフォーマンスを規定する遺伝要因を探る旅」
先任准教授 福典之

2020.10.06

世界大会の陸上競技100m走。この競技の決勝出場者のほとんどは、アフリカ系の選手です。また、マラソンや10000mといった長距離走種目でもアフリカ人の活躍が目立ちます。箱根駅伝でもアフリカ人が桁外れの走りを見せつけています。このような現象を目のあたりにして、「DNAに刻まれた何かが違うのではないか」と感じるのは私だけでしょうか?興味深いことに、陸上競技男子100 m走からマラソンまでの世界記録を見てみると、あることに気がつきます。100mから400mまでの短距離走種目では西アフリカを起源とする選手が、800mからマラソンまでの中・長距離走種目では東アフリカの選手が占めています。アフリカ系の選手が速いといっても、競技種目(距離)によりアフリカの東西ではっきりと傾向が分かれているのです。では日本人においては、どのような傾向が見られるのでしょうか?短距離走種目で特異的に速い西アフリカ系であるジャマイカ人や長距離走種目で特異的に速い東アフリカのケニア人と異なり、短距離系種目を得意とする者、長距離系種目を得意とする者、あるいはその中間と多様です。

順天堂大学スポーツ健康医科学研究所では、国内外の共同研究機関と連携してアスリートのスポーツパフォーマンスおよびその関連表現型(持久力・筋力・筋線維組成・貧血・精神力など)やスポーツ傷害から生活習慣病や長寿に関連する遺伝要因まで包括的に研究しています。これまでに数十種以上の遺伝子多型がアスリートの競技力に関連することを明らかにしてきました。その中には、アフリカ系やヨーロッパ系では競技力との関連は認められず、アジア人のみで関連が認められたものも存在し、アジア人(日本人)を対象に独自に検討することの重要性も示してきました。最近では、遺伝要因をもとにした適性種目の選択やスポーツ傷害の予防、トレーニングへの応用まで現場レベルで活用されている事例も増えてきています。現場で活用されている知見は本研究所から発信された研究成果が多く、今後はより質の高い知見を出していくことの重要性を感じています。

さて、私事になりますが、文部科学省の科学研究費補助金である国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)を得て、昨年の24日より本年の131日までの1年間、スウェーデン・ルンド大学・糖尿病センターで研究活動を行ってきました。ルンド大学は北欧最大の大学であり、学生数は5万人を超えます。私が研究活動を行った糖尿病研究センターだけでも600人以上の構成員がおり、各々が高いレベルで研究をしていました。世界のトップを走っている研究所で活動できる機会に恵まれたことは大変幸運なことでした。ここでの共同研究の目的は、筋線維組成やミトコンドリア機能に関連する遺伝要因を明らかにすることです。現在、日本人214名の大腿四頭筋から得られた筋サンプルを用いて、筋線維組成の全ゲノム関連解析を実施しており、遅筋線維や速筋線維に関連しうる多型を数百種同定しています。これらの遺伝子多型をルンド大学で得たコホートで同様の結果が出るか否かといった検討をしています。これまで、数種の遺伝子多型が筋線維組成に強く関連しうることや骨格筋の毛細血管密度に関連する遺伝子多型を見つけています。

ルンド大学本部

スウェーデンでの受け入れ研究者はウラ・ハンソン准教授とポール・フランクス教授でした。フランクス教授は運動遺伝学分野の世界的権威であり、世界中を飛び回っているため1年間の滞在中に大学で挨拶したのは10日程度だったかと思います。主にはウラ・ハンソン准教授の下で研究に従事しました。ウラは1974年生まれ、1973年生まれの私とほとんど同じ年齢であり、共に自然が大好きということで、妙に馬が合いました。頻繁に彼の家や別荘を訪ね、親友のように1年を過ごしました。別荘を訪れた際は、日中は仕事して、夕方になるとボートで湖に繰り出し、湖のど真ん中で真っ裸になって泳いだり、森林に行きマッシュルームを採取したりしました。また、ウラ・ハンソン先生は自分自身で別荘の増築をしており、私も屋根作りを手伝ったりしたのは今まで経験したことがなく新鮮でした。また、彼の別荘近くに住む世界的に有名な研究者(スヴァンテ・ペーボ教授)とお会いして研究の話をしたことはとても刺激的な体験でした。彼は、ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム解析に成功し、このゲノム解析から私たち現生人類の一部はネアンデルタール人やデニソワ人と混血していること、デニソワ人と現生人類の混血が高地適応(低酸素環境)に有利であったということを明らかにしています。日本人のアスリートの中にもこのような混血によって持久力に秀でた能力を発揮する可能性があります。ウラとは、今でも頻繁に連絡を取り合い、共同研究を継続しています。ルンド大学は膨大なデータを解析できるシステムが構築されており、最近では、ある遺伝子のスプライシング変異がトレーニング効果を変えるか、運動のバイオマーカーとなり得るミトコンドリア由来ペプチドが糖尿病発症の予測因子になるかといった共同研究を模索したり、鉄吸収を促進するプロバイオティクスがアスリートにおける鉄の体内動態に及ぼす遺伝・環境の交互作用について検討したりする産学共同研究を開始する準備も進めています。

ルンド大学・糖尿センターにて。真ん中がウ​ラ・ハンソン准教授ルンド大学・糖尿センターにて。真ん中がウ​ラ・ハンソン准教授

スウェーデンには、家族も同行しました。息子はインターナショナルスクールに通って様々な国出身の友達ができたり、地元のハンドボールチームに所属し練習に参加したりと貴重な体験ができたと思います。妻はスウェーデン語を習ったり、息子の交友関係を通して異文化交流を楽しんだりしたようです。夏休みは、イタリアのサルデーニャ島や北極圏にあるラップランド地方(スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの北部)を訪れ雄大な景色を眺め、冬休みにはスイスや北ノルウェーを訪れてスキーを楽しみ、神秘的なオーロラにも遭遇しました。

スウェーデン・ベン島にて

フィンランド・レヴイにて

ノルウェー・トロムソにて

また、スペイン、ケニア、イタリア、イギリスに住む共同研究者を訪れ寝食を共にしたことは、今後の人生や研究をしていく上で貴重な交流でした。現在、COVID-19で人的交流が遮断されていますが、Zoomとかではなく実際に会って交流をすることの大切さを再認識しています。

現在、スポーツ健康医科学研究所スポーツ遺伝学研究室では、私と助教の宮本恵里先生、大学院生、そして、今年度からは実験補助員の方も加わり、研究を進めています。研究室としては少人数ですが、順天堂大学スポーツ健康科学部や医学部の先生方や国内外の共同研究者の方々と協力して、興味深い研究結果をアウトプットできるように精進していきたいと考えております。