体力特性の個人差を生み出す要因は何か? -遺伝要因に着目して-
博士研究員 齋藤未花
私は日本体育大学で博士(体育科学)を取得し、2024年の4月から順天堂大学スポーツ健康医科学研究所の博士研究員に就任しました。私はこれまで、スポーツパフォーマンスや体力特性の個人差に関わる要因に興味を持ち、その中でも特に「遺伝要因」について着目して研究を進めてきました。今回のリレーコラムでは、私がこれまで行ってきた研究、そしてこれから順天堂大学で行っていく研究について紹介させていただきます。
これまでの研究 「遺伝情報はどのように活用できるのか?」
競技パフォーマンスや体力特性にどの程度遺伝要因が影響するのか?双子や家族を対象に検討された先行研究によって、競技実績の遺伝率は約60%程度 (De Moor et al. 2007)、筋力や持久性能力の遺伝率は約50%程度であることが分かっています(Zempo et al. 2017, Miyamoto-Mikami et al. 2018)。
競技パフォーマンスに関わる遺伝特性について多くの研究報告がされるようになったのは2000年頃からであり、特に筋の特性筋力に影響する遺伝要因として「ACTN3遺伝子R577X多型」について多くの研究がされてきました。ACTN3遺伝子R577X多型は、骨格筋のうち爆発的な力発揮が得意な「速筋線維」の重要な構成要素であるα-actinin3の発現の有無に影響します。RR型、RX型、XX型の3つのタイプがあり、このタイプによって筋の特性筋力が異なることが多くの研究によって報告されています。
しかし、多くの研究成果が発表されている一方で、現場での遺伝情報の活用方法についての検討は進んでいません。そこで私は「遺伝情報をどのように現場で活用できるのか?」を題材に、ACTN3遺伝子R577X多型を対象として検討を進めてきました。
近年、消費者直販型の遺伝子検査ビジネスを多く目にするようになりました。フィードバックの欄には瞬発力や持久力の項目としてACTN3遺伝子R577X多型の情報が用いられることがあります。本当にその情報が正しいのか検証を行うために、ACTN3遺伝子R577X多型がどのような体力要素に対して影響するのか、これまで報告されている研究結果を統合する「メタ分析」を用いて検討しました。その結果、筋力との関連性については、1RM(最大挙上重量)、MVC(最大随意収縮筋力)、ジャンプパフォーマンスがRR型>RX型>XX型の順に高く、その影響は特に男性で認められました。また、柔軟性の指標である関節可動域はXX>RX>RR型の順に優れていることが分かりました(Saito et al. 2023)。さらに、有酸素性能力との関連性については、アスリートや活動的な人において、XX型はRR型およびRX型と比較して最大酸素摂取量が高いことが分かりました。ACTN3遺伝子R577X多型のみで体力特性が決まらないことに注意が必要ですが、これまでフィードバックされてきたACTN3遺伝子R577X多型と瞬発力や持久力との関連性だけでなく、柔軟性に対する影響も合わせてフィードバックを行うことや、どのような個人(男性/女性、アスリート/一般者)に対して特にACTN3遺伝子R577X多型が影響するのかについての情報も必要となることが考えられます。また、ACTN3遺伝子R577X多型の情報から、潜在的に自分がどのような体力特性を持っているのかを把握することで、スポーツ現場で戦略を立てる場面やトレーニングを行う上で有用な情報となる可能性があります。
これからの研究 「トレーニング効果の個人差を生み出す要因は何か?」
同様のトレーニングを行ったとしてもその効果には個人差があり、適応が低いnon-responderが存在します。遺伝情報を活用するメリットは、「現時点で測定できないものを予測することができる」という点です。トレーニングや栄養摂取の適応に関わる遺伝特性が分かれば、個人に合わせたトレーニングや栄養摂取の情報を提供できる可能性があります。また、遺伝子サンプルは唾液から簡易的に採取することができ、筋線維組成やトレーニング後の代謝反応など、侵襲的な測定が必要な項目に対して非侵襲的に予測することができるのではないかと考えています。
しかし、トレーニング効果の個人差に関わる遺伝要因については研究が進んでいないのが現状です。その原因の一つとして、そもそもトレーニングによる適応の要因があまりにも多要因であることが考えられます。遺伝情報は生涯をかけて変化することはありませんが、トレーニングなどの刺激によってmRNAの発現量やたんぱく質量に変化をもたらします。このような現象を利用して、まずは筋肥大や筋力向上、パワー向上などの筋トレによる適応のメカニズムについて明らかにすること、そしてトレーニング効果の個人差を生み出す要因を明らかにするために研究を進めていく予定です。将来的には、個人の特性に合わせたトレーニングの提案や、目的に合わせた最適なトレーニングプログラムの考案に貢献できるような研究を発信することを目指しています。