素朴な疑問から始まった私の研究活動
医薬基盤・健康・栄養研究所 研究員 中潟崇
みなさま、はじめまして。中潟崇と申します。現在、医薬基盤・健康・栄養研究所で研究員として身体活動・運動と腸内細菌叢に関する研究活動に携わっています。順天堂大学のスポーツ健康医科学研究所には、2011年4月から2013年3月まで2年間、リサーチアシスタントとしてお世話になりました。今回のリレーコラムでは、運動・スポーツとの関わり、現在に至るまでのきっかけを思いのまま記載いたします。
順天堂大学との縁
私の両親が順天堂大学に勤務していた経緯もあり、私は順天堂医院(本院)で生まれました。順天堂大学との縁は生後0日目となります。子どもの頃から両親が毎年箱根駅伝で順天堂大学を応援していたことをなんとなく覚えています。私自身は2003年にスポーツ健康科学部を一般入試で受験するも不合格、その後2010年にスポーツ健康科学研究科の博士課程に進学し、助手として勤務した3年間を含めて合計7年間さくらキャンパスで過ごしました。初めて訪れた時には酒々井(しすい)の読み方すら分かりませんでしたが、福岡大学で学んできたこととの違いや共通している点を知ることできたこと、新たな出会いがあったことなど、研究やその他の活動を通じてとても貴重な経験を積むことができた7年間でした。私が順天堂大学の博士課程に進学したきっかけは2009年に綾部誠也先生(現岡山県立大学教授)の何気ない一言です。「順天堂大学のさくらキャンパスに内藤先生という若くて丁寧な指導をされる先生がいるけど、博士課程進学する気があるならばどう?」と。その1ヶ月後、2009年体力医学会新潟大会で内藤先生にご挨拶をし、その半年後に進学し、今回のリレーコラムの執筆依頼をいただくに至ります。縁とは不思議なものであり、今後も大事にしていきたいと改めて感じている次第です。
運動・スポーツとの関わり
このコラムを読まれているみなさんの中に、似た境遇の方が多数いらっしゃることと思いますが、私は子どものころから運動、スポーツが大好きで、幼少期は父とキャッチボールやサイクリング、小学校は水泳、中学・高校時代は野球を経験してきました。ただし、短距離は遅く(50m走は7.1秒が最高だったと記憶しています)、特に秀でた種目もなく、全種目そつなくこなす平均的なタイプで、運動会や体育祭で目立ってモテるタイプではありませんでした。一般的に、体育の教員やスポーツに関わる職業の人は、小さい頃からスポーツ万能、ある種目で全国大会や世界大会への出場経験がある、将来は体育の教員だねと自他ともに認めるようなタイプをイメージされる方が多いことを考えると、運動好きではあるものの、運動・スポーツの成績が平均的な少年が、スポーツ健康科学の道に進み、現在も研究活動に携わっていることに私自身、また家族を含めた周りの友人も驚いています。
修士課程へ進学、さらに博士課程へ進学
学校の先生になりたいと漠然とした夢を中学生時代に抱いていたこと、教科としての体育、運動・スポーツが好きであったこともあり、将来体育の教員になりたい、子どもたちに自分の経験を伝えてみたい、という思いで大学に進学し、教育実習を含めて教職課程を履修しました。しかしその一方で、大学を卒業した直後の4月1日から社会人となり、教育現場に立ち、子どもたちと関わることができるのだろう?社会人として何1つ経験していないのに?という不安な気持ちもありました。所属していた運動生理学研究室(進藤宗洋先生、故田中宏暁先生、清永明先生)の雰囲気、先生方の研究内容1)がおもしろかったこともあり、もう少し深く勉強してみたい、2年間の修士課程で経験する内容を教育現場に活かしたい、という気持ちが強くなり、大学4年生の秋頃に修士課程への進学を選択しました。最大酸素摂取量の約50%に相当するにこにこペース、乳酸性作業閾値(LT)の運動強度を用いた運動処方・療法、運動と食事を用いた介入研究に携わる中で研究って面白い、より深く、より広く勉強してみたいという気持ちに変化していきました。また学部生、修士課程で指導いただいた清永先生から「勉強したいと思うならば、今までと違う環境に出てみること。若いうちに他人の飯を食う経験を積むこと」と後押しをいただき、博士課程への進学を決意しました。
素朴な疑問、常識を疑え
清永先生の教えは「常識とはなんぞや?常に物事を批判的に見ること、いわゆるクリティカル・シンキング」でした。私自身の経験ですが、卒業論文、修士論文のテーマは、喫煙習慣と最大酸素摂取量の関係についてです。喫煙はがんをはじめとする多くの疾患の危険因子であるだけでなく、運動・スポーツの分野において全身持久力を低下させると聞くが、実際に回りを見渡すと喫煙者でも全身持久力が高い学生やアスリートもいるし、その逆も目にする。「本当に喫煙は全身持久力を低下させるのか?」という素朴な疑問から始まったものです。みなさんが勉強する運動生理学の教科書を用いて言えば、喫煙によって体内に取り込まれる一酸化炭素がヘモグロビンと結合し、酸素解離曲線を左にシフトさせ、酸素の運搬と利用の両方にとってマイナスであることから、全身持久力は低下する、となります。しかし、スポーツ科学部に在籍する男子学生を対象に、ダグラスバッグ法で実測した最大酸素摂取量は喫煙者と非喫煙者で差が見られず(卒業研究)、運動負荷試験の直前に一過性の喫煙を行う条件と一晩禁煙した状態で実測した最大酸素摂取量を比較した結果、両条件の最大酸素摂取量に差は見られませんでした(修士論文)。卒業研究に関しては、運動部所属の有無、喫煙歴、などの項目を調整していない点、修士論文においても研究上の限界が多数ありますが、いずれのテーマも大学3年生の時に抱いた素朴な疑問がきっかけです。現在は研究活動を行うにあたって、参加される方への倫理的配慮や負担・不利益、研究によって得られる利益を比較考慮すること等多くのこと厳守することが求められますが、みなさんも研究活動に取り組む中で、身近にある素朴な疑問、それって本当?おもしろそう!を研究テーマに設定してみると予想していなかった結果が得られるかもしれません。余談ですが、ノーベル生理学・医学賞を受賞したA.V. Hill先生は、とある研究所で「筋のメカニズム」という講義を行った際、「あなたが行ってきたことは、どんな時にどんな役に立つのか」という年配の紳士からの質問に対して「正直に言うと、私はこの研究が役立つと思ってしたのではなく、ただそれをすることが楽しいからしたまでです」と答えたそうです2)。
終わりに
福岡大学6年間、順天堂大学(さくらキャンパス7年間、スポートロジーセンター約3年間)、医薬基盤・健康・栄養研究所において、先生方や仲間と出会い、うれしかったこと、悩んだこと、いろいろな経験を経て現在に至ります。うれしいことは仲間と共有し、悩んだら1人で悩まずに仲間に相談しながら、これからも成長し続けられるようにがんばりたいと思います。
引用
田中宏暁. 70%VO2max強度からにこにこペースへ, 体育の科学59巻3月号「常識を打ち破る運動生理学の新知見」
金子公宥. スポーツ・エネルギー学序説, P4-5