傷つきやすさを科学する -スポーツ健康医科学研究所だから出来ること-
博士研究員 山口 慎史

2020.03.02

傷つきやすさは誰もが有していると考えます。私は人並み以上に傷つきやすく、打たれ弱い人間です。一方、心理学の領域では、ポジティブ心理学といった分野があるほどで、近年では、「人間の心理的な強み」「ポジティブな側面」に着目した研究が盛んに行われています。レジリエンス(心の回復力)やハーディネス(ストレスへの抵抗性)といった概念がそれにあたります。私は以前から、レジリエンスやハーディネスに着目をした研究を行ってきました。もちろん、上記の概念の質問紙を用いて測定してみると、得点は非常に低く、身をもって、「心の弱さ・傷つきやすさ」といったものを証明することができます。その一方で、「どうして傷つきやすいんだろう」「人並み以上に傷つきやすいが、ストレスを対処できるのはなぜだろう」と自身の傷つきやすさに目を向けるようになりました。
傷つきやすさを学術的に説明すると「ヴァルネラビリティ(vulnerability)」と表現され、「脆さや傷つく可能性のある状態」と定義されています。ヴァルネラビリティは、もともと工学(錆びた鎖が切れてしまう脆さ)の分野から始まり、教育学(いじめられやすさ、攻撃の受けやすさ)や、災害学(自然災害の脆さ)等で拡まっていきました。
スポーツ分野における先行研究がほとんど無い中で、スポーツ健康医科学研究所の潤沢な設備・環境を使用させていただき、心理学的な手法を用いて基礎的な研究を行ってきました。これまでに明らかになった研究知見としては、傷つきやすさは女性の方が男性よりも得点が高く、抑うつ症状との関連が強いことが明らかになっています(Yamaguchi et al., 2018; Yamaguchi et al., 2019)。
また、傷つきやすい者ほど、問題そのものに向き合うのではなく、まずは傷ついた感情をどうにかしようと感情に働きかけるストレス対処方略を用いることが分かってきました(山口ら,2019)。

私自身、健康心理学を専門に研究している中で、スポーツ健康医科学研究所では、運動生理学、バイオメカニクス学、発育発達学などの専門家が多くいます。スポーツ健康科学の他分野の先生、研究員、大学院生と関わることができ、そして医学部との交流もあるため、多くの方々とディスカッションを行うことができるこの環境では、非常に刺激のある有用なご助言をいただくことができます。その刺激こそ、傷つきながらも研究を頑張り続けることができる原動力なのかもしれません。
今後の研究としては、傷つきやすさに関係するであろう促進要因や抑制要因の解明をしていきます。また、「元来、落ち込みやすく、ネガティブな人は傷つきやすいのか」といった疑問から、性格特性との関連を検討していこうと考えています。冒頭でも述べたように、人は誰もが傷つきやすいと考えます。その傷つきやすさが自分に対して向いているもの(日頃から落ち込みやすく、自責の念が強くて傷つく)なのか、相手に対して向いているもの(怒鳴ったり、強めに発言した後で申し訳なさを感じて傷つく)なのか、「傷つきやすさ」といっても、ヒトの心の問題はまだまだ分からないことばかりです。