神経組織におけるカテプシンBおよびLの欠損は小脳萎縮を引き起こす〜研究成果がAmerican Journal of Pathologyに掲載

2025.05.27

神経組織におけるカテプシンBおよびLの欠損は小脳萎縮を引き起こす 〜領域特異的なプルキンエ細胞に必須の機能を解明〜

PDの眞田貴人博士を中心とした我々の研究グループと兵庫医科大学 遺伝学講座の大村谷 昌樹教授との共同研究で、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス(B/L NES)を用いて、神経組織特異的なカテプシンBおよびL の欠損により、運動障害・行動異常を示し、小脳の領域特異的にプルキンエ細胞が変性・脱落し小脳萎縮を引き起こすことを明らかにしました。カテプシンBおよびLは脳組織全体に発現しており、阻害剤を用いたこれまでの研究では、神経組織全体に影響があると考えられていました。このようにカテプシンBおよびLが領域特異的なプルキンエ細胞の維持に影響を与えるということは、誰も予想していなかった結果で、特定のプルキンエ細胞維持におけるカテプシンBおよびLの重要性を世界で初めて明らかにしたものです。

本論文はAmerica Journal of Pathology誌のRecent Advances in Neurodegenerative Diseases(神経変性疾患における最近の進展)特集号に採択され、プレプルーフ版が2025年5月2日付でオンライン版で先行公開されました。

詳しくはプレスリリースを御覧ください。

■背景

オートファジー・リソソーム分解系は細胞内バルク分解システムで、神経細胞では異常オルガネラや凝集体の除去や細胞機能の維持に重要な役割を果たしており、神経変性疾患とも深い関わりをもっています。リソソームには、多くのタンパク質分解酵素、カテプシン群*4、が内包されており、カテプシンBおよびLはそのなかでも主要なカテプシンです。これまでマウスを用いた脳虚血‐再灌流による神経変性に関する阻害剤の研究から、カテプシンBおよびLは虚血後の神経変性に重要な役割を果たしていると考えられてきました。全身カテプシンBノックアウトマウスには顕著な異常が認められず、全身カテプシンLノックアウトマウスには進行性脱毛や免疫系の異常が報告されましたが、神経組織の異常は報告されませんでした。また全身カテプシンB・L二重ノックアウトマウスの解析では、神経組織に異常が認められましたが、その他の組織などにも異常をきたし、生後約16日以内に死亡しました。そのため、マウスのいわゆる「若年成人」に相当する日齢は50日前後と言われる、成熟マウスの神経組織においてカテプシンBおよびLが神経細胞維持にどのように関わっているのかは、明らかにされていませんでした。

■内容

研究グループは、神経組織におけるカテプシンBおよびLの機能を明らかにするために、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスを作成しました。このマウスは、1年以上生存しますが、尾を緊張させて挙上し空中に保持する、挙尾行動が頻繁に認められました。また、運動障害および神経機能障害を示す場合に認められる、後肢を伸ばすのではなく腹部に向かって引っ込める動作も認められました。また、このマウスはまっすぐに歩けませんでした。日中のマウスの行動を観察すると、通常、マウスは夜行性のため日中あまり行動しないのですが、神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスは日中でも頻繁に動き回り、立ち上がったりする行動異常が認められました。

そこで神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス脳を解析すると、小脳の萎縮が認められました。小脳皮質には、プルキンエ細胞という唯一の出力神経細胞があり、小脳の機能(運動の調整、バランスの保持、運動学習など、)に深く関わっています。そこで、小脳皮質のプルキンエ細胞に注目して解析を行いました(図)。神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスでは、本来、小脳皮質全体に存在するプルキンエ細胞が縞状に脱落していることがわかりました。小脳皮質のプルキンエ細胞には、ゼブリン*5陽性プルキンエ細胞とPLCβ4*6陽性プルキンエ細胞があり、ゼブリン陽性プルキンエ細胞は、小脳皮質に縦縞状に分布し、代謝的に安定した特徴を持ち、持続的な運動制御に関与すると考えられています。一方、PLCβ4陽性プルキンエ細胞も縞状に分布し、可塑性が高く、運動学習や適応的行動の調節に関与しているとされています。免疫組織学的解析から、このマウスでは、PLCβ4陽性のプルキンエ細胞が選択的に脱落している事がわかりました。カテプシンBもカテプシンLも中枢組織全体に発現しているため、中枢組織全体に異常があると予測されていたのですが、カテプシンBおよびLが小脳のPLCβ4陽性プルキンエ細胞の維持に必須であることは予想外であり、全く新奇の発見でした。

■今後の展開

一般的にリソソーム内のカテプシンのタンパク質分解活性は、加齢に伴い低下すると言われています。今回、研究グループはカテプシンBおよびLがPLCβ4陽性プルキンエ細胞の維持に必須であることを示しました。今後は、PLCβ4陽性プルキンエ細胞内にあるカテプシンBおよびLのターゲットタンパク質を解明することにより、加齢に伴う小脳萎縮・神経変性との関連解明を目指していきたいと思っています。

 

図. 神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウスの表現型

神経組織特異的カテプシンB・L二重ノックアウトマウス(B/L NES)では、運動障害や行動異常が認められた。このマウスの脳組織を解析すると、小脳の萎縮が見られ、小脳皮質に縞状に分布するPLCβ4陽性プルキンエ細胞が脱落していた