研究概要
文京区民1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか?「どのように」早期の発見・予防が可能となるか?を明らかにするコホート研究です。特に、骨格筋の「質」・「量」が、介護の原因となる疾患(脳卒中・認知症・関節疾患・骨折や転倒など)にどのように関係しているのかを明らかにします。具体的には、文京区在住の65歳以上85歳未満でランダムに選択された1,629名の高齢者を対象に、骨格筋の量・質(インスリン感受性)の測定、認知機能、脳MRI、動脈硬化、関節機能、遺伝子多型、生活習慣(身体活動量・食事内容)などを網羅的に調査し、現在10年以上に及ぶ追跡調査を行います。
研究の背景・目的
我が国は、世界のどの国も経験したことがない超高齢社会へ突入し、2025年には介護にかかる費用は21兆円に達すると考えられています。そのため、病気が原因で日常生活が制限されることなく元気に生活できる期間、いわゆる「健康寿命の延伸」をキーワードとした取り組みが近年進められつつあります。しかし、介護などのサポートが必要となる疾患は、関節疾患、認知症、脳卒中、骨折・転倒など様々で、すべての疾患を予防するような方法はまだ確立されていません。
これについては近年、加齢に伴って骨格筋量が低下する“サルコペニア”が注目されています。骨格筋の「量」が少なくなることで、高齢者が自力で移動する能力が低くなるだけでなく、糖尿病、認知症、脳卒中などの病気を起こしやすく、死亡率が上がるとも言われています。また、私達の研究により30~50歳の男性において、骨格筋の「量」は正常でも、骨格筋のインスリンの効き(インスリン感受性:筋肉の「質」)がわずかに低下していることがメタボリックシンドロームの原因になっていて、さらに介護リスクの初期変化と考えられる「脳白質変性(脳の虚血性変化)」「動脈硬化の進展」に関連している可能性が明らかになりました(Takeno K et al. JCEM, 2016, Shimoji K. et al. Diabetes Care, 2014)。
これらのことより、骨格筋の「量」と「質」を維持または高めることは、介護が必要な高齢者の数を減らす極めて重要な介入となる可能性を秘めています。しかしながら、この骨格筋の機能と介護の原因疾患との関係性は、十分に解明されていません。そこで、本研究では、骨格筋の「量」と「質」と、介護の原因疾患との関連を明らかにすることを目的としました。これらの研究成果をまとめることにより、将来的に個別性のある骨格筋を中心とした介護予防法を開発し「健康寿命の延伸」に貢献する成果を得ることを目指します。
プロトコール
文京区在住の65歳から84歳の高齢者のうち、無作為に住民台帳より抽出された地域住民1,629名を対象に骨格筋量(DXAインピーダンス法)、筋力(膝関節伸展筋力、握力)、筋インスリン感受性(75g経口糖負荷試験による評価)を詳細に評価するのみならず、全例に対して、脳小血管病変や全脳体積(頭部MRI検査)、腰椎・大腿骨頸部の骨密度(DXA検査による骨量測定)、認知機能(MMSE、MoCA-Jなどの質問紙調査)、動脈硬化(CAVI検査)、運動能力(歩行テスト、開眼片足立ちテスト、ロコモ度チェック等)、内臓脂肪量(腹部MRI検査)、変形性膝関節症(膝関節MRI検査、レントゲン検査)などの評価を行うとともに、身体活動量(IPAQ)、食事摂取量(BDHQ)、睡眠(PSQI-J)といった生活習慣の評価を行いました。また、末梢血よりDNAを抽出し、遺伝子多型を同定します。現在、1年ごとに郵送アンケート調査とともに、2020年より行われる5年毎のMRIを含めた来所調査を進めて行きます。
Someya Y. et al. Cohort profile: skeletal muscle function and need for long-term care in a prospective cohort study of urban elderly people in Japan (the Bunkyo Health Study) BMJ-OPEN, 2019, in press
研究の成果
現在までの予備的な解析で、以下の点について明らかとし、学会で発表しました。
① 高齢者の膝OA変化と痛みと歩行速度をはじめとした運動機能との関連について検証し、65歳以上高齢者では、既知の報告通り、約60%が初期膝OAを呈していました。一方で、このコホートにおいて初期膝OAを呈する高齢者の多くは、歩行時の膝の痛みは強くない(疼痛VAS10/100程度)と回答しました。この集団の膝OAの評価を単純X線とMRIにて行い、初期膝OA群と進行期膝OA群の2群にわけ、骨密度や骨・軟骨代謝関連因子、ロコモ度テストや運動機能検査データ、メタボ関連因子や認知機能との関連の有無を検討しました。その結果、高齢者では、疼痛が強くなくても進行期膝OA群では初期膝OA群と比較して、運動機能や認知機能が低下しており、メタボ関連因子が増悪していることを明らかとしました(*1, *2, *3, *4)。さらに、MRIを用いた膝OAの病態と運動機能との関連を検討し、一般住民高齢者の単純X線では同程度の初期膝OAでも、筋力低下と身体活動能力低下は関連すること、そして半月板位置異常(逸脱)の程度がADLや運動機能そして筋力低下と関連することも明らかにしました(*3, *4)。
② 骨格筋機能低下と脳萎縮の関連を調査するために、文京ヘルススタディーで撮影した0.3Tの3DT1強調像強調MRIによる脳の局所の体積変化の定量化を行い、画像を数値化することにより、多変量解析が可能なデータベースの構築を行っているが、0.3Tと3T MRIの比較により、0.3Tの膨大なデータを日常臨床で使われている3TMRと対応可能として、0.3Tの知見をより一般的な知見とすることの検討を同時に進めています(*5, *6, *7)。
プレスリリース・メディア掲載
業績
*L Liu, M Ishijima, H Kaneko, R Sadatsuki, S Hada, A Yusup, M Kinoshita, H Arita, J Shiozawa, T Aoki, M Nagao, Y Takazawa, H Ikeda, K Kaneko.
The lower ratio of the cartilage destruction and synthesis biomarkers is a risk for the radiographic medial knee joint space narrowing in men in early forties without knee osteoarthritis -A three years prospective observational study “Sportology Core Study 1”. OARSI 2017, Las Vegas, USA, Apr 27-30 ,2017*T Aoki, L Liu, M Ishijima, Y Someya, H Kaneko, R Sadatsuki, S Hada, A Yusup, M Kinoshita, H Arita, J Shiozawa, Y Tamura, M Nagao, Y Takazawa, H Ikeda, H Watada, R Kawamori, K Kaneko.
Medial meniscus extrusion was associated with the clinical manifestation of the elderlies aged 70’s without knee pain with Kellgren-Lawrence grade 2 of knee osteoarthritis (OA). OARSI 2017・Las Vegas, USA, Apr 27-30 ,2017*Liu L, Ishijima M, Kaneko H, Hada S, Arita H, Aoki T, Negishi Y, Momoeda M, Someya Y, Tamura Y, Watada H, Kawamori R, Kaneko K.
Mobility and muscular power of lower limbs in elderlies without knee pain with Kellgren-Lawrence (K/L) grade 3 of knee osteoarthritis (OA) were inferior to those in elderlies without knee pain with K/L grade 2 of knee OA -A population-based cohort study Sportology Core Study 2. Osteoarthritis Reaseach Society International (OARSI) 2018, Liverpool, UK, 2018.4.26-29*Negishi N, Ishijima M, Kaneko H, Aoki T, Liu L, Arita H, Momoeda M, Hada S, Tamura Y, Watada Y, Kawamori R, Kaneko K.
Component ratio of cartilage and bone parts of osteopyte in early-stage knee OA -A Sportology Core Study. Osteoarthritis Reaseach Society International (OARSI) 2018, Liverpool, UK, 2018.4.26-29*Syo Murata, Hideyoshi Kaga, Yuki Someya, Ryusuke Irie, Koji Kamagata, Masaaki Hori, Keigo Shimoji, Christina Andica, Akihiko Wada, Masami Goto, Kiyotaka Nemoto, Yujiro Otsuka, Saori Uchioke, Yoshifumi Tamura, Shigeki Aoki.
The accuracy of low magnetic field MRI in brain volume measurement; atlas-based analysis. The 3rd Congress, International Academy of Sportology, Tokyo, Oct 14, 2017*Murata S, Kaga H, Someya Y, Irie R, Kamagata K, Hori M, Shimoji K, Nemoto K, Tamura Y, Aoki S. 低磁場MRIにおけるAtlas-based brain volumetryの精度検討 第41回 日本脳神経CI学会総会, 新潟, 2018年3月2日-3日
*Murata S, Hagiwara A, Kaga H, Someya Y, Irie R, Kamagata K, Hori M, Wada A, Shimoji K, Kiyotaka N, Tamura Y, Aoki S The accuracy of low magnetic field MRI in brain volume measurement: atlas-based analysis comparing between 0.3T and 3T.
第46回日本磁気共鳴医学会大会, 金沢, 2018年9月8日