皮膚免疫における抗菌(宿主防御)ペプチドの役割

    研究グループ

    ニヨンサバ フランソワ(教授),梅原 芳恵(助教),彭 戈(助教),大学院生,実験補助員

    研究概要

    上皮組織はその物理的バリアだけでなく,サイトカイン・ケモカイン,プロテアーゼ,および抗菌ペプチドと呼ばれる低分子量タンパク質群からなる化学的バリアにより,病原性微生物の侵入に対する防御の最前線となる.抗菌ペプチドは最初に進化した防御機構の1つであり,自然免疫応答と獲得免疫応答の両方に寄与する.抗菌ペプチドは殺菌作用に加えて,ケラチノサイト,線維芽細胞,好中球やマスト細胞などに作用することにより,免疫調節の作用も示す.本研究では,アトピー性皮膚炎などの炎症性および感染性疾患における皮膚由来抗菌ペプチドの機能に焦点を当てる.皮膚における抗菌ペプチドの調節と機能を理解することは,皮膚の炎症性および感染性疾患を標的とする新規治療薬の開発に役立つ可能性がある.

    研究の背景・目的

    抗菌ペプチドは抗菌活性を持つ物質として発見されたが,強い免疫調節活性を持つことが近年の多くの研究により示されている.従って,一部の研究者はこれらのペプチドに対して,宿主防御ペプチドやアラーミンなどの代替名称を提案している.皮膚由来抗菌ペプチドの中で,β-ディフェンシンやカテリシディンLL-37,ソラヤシン(S100A7)などが注目されている.これらの抗菌ペプチドは炎症,角化異常やバリア機能異常を特徴とするアトピー性皮膚炎や乾癬など,皮膚疾患の病態に関与している.これまでに我々の研究グループは,上記の抗菌ペプチドが殺菌作用以外にも,ケラチノサイト,線維芽細胞,好中球やマスト細胞などの皮膚に存在する細胞を活性化することにより,幅広い免疫調節作用を持つことを見出した.例えば,抗菌ペプチドは細胞遊走,増殖,分化,サイトカイン・ケモカインの産生,創傷治癒,血管新生などの誘導,さらに炎症反応を調節する.また,抗菌ペプチドが皮膚のバリア機能調節,かゆみ抑制やオートファジーの活性化に関与することを見出した.アトピー性皮膚炎では,皮膚バリア機能の障害,かゆみ,炎症や感染症が起きており,さらに,抗菌ペプチドの産生が低下していることが知られている.従って,抗菌ペプチドが皮膚バリア機能を強化することにより,アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患の治療法へ応用されることを期待する.

    皮膚由来抗菌ペプチドは殺菌作用以外にも,ケラチノサイト,線維芽細胞,好中球やマスト細胞を活性化することにより,細胞の遊走,増殖,分化,サイトカイン・ケモカインの産生,創傷治癒,血管新生の誘導,さらに炎症反応や皮膚のバリア機能調節,かゆみ抑制やオートファジーの活性化に関与している.AG-30/5C: angiogenic peptide-30/5C,AMP/HDP: antimicrobial peptide/host defense peptide,AmP-IBP5: antimicrobial peptide derived from insulin-like growth factor binding protein-5,IDR: innate defense regulator,LPS: lipopolysaccharide.(2020年9月現在)

    【抗菌ペプチドがケラチノサイトおよび線維芽細胞に及ぼす影響】:我々は,ヒトβ-ディフェンシン(hBD)-1~-4,LL-37,S100A7などが様々なサイトカイン・ケモカインの産生,細胞の遊走および増殖を誘導することを報告し,その分子メカニズムを明らかにした.興味深いことに,hBDとLL-37は相乗的に作用して角化細胞を活性化する.hBD,LL-37,AG30/5CおよびAMP-IBP5は血管新生と創傷治癒を促進することが示唆されている.また,hBD-3,LL-37およびS100A7がタイトジャンクションバリア機能を維持・強化することから,アトピー性皮膚炎や乾癬のような皮膚バリア機能が損なわれた皮膚疾患の治療薬候補になることが期待される.さらに,hBD-3とLL-37の両方が神経反発因子の発現を誘導し,神経伸長因子の発現を抑制することを見出し,これらがかゆみを抑制することでアトピー性皮膚炎の治療に寄与する可能性があることを報告した.

    【抗菌ペプチドがマスト細胞に及ぼす影響】:抗菌ペプチドがマスト細胞の活性化を介して創傷治癒を促進することを確認したが,これらの抗菌ペプチドはマスト細胞の脱顆粒,炎症メディエーターの放出,サイトカイン・ケモカインの産生も誘導する.さらに,hBD,LL-37,およびAMP-IBP5はマスト細胞の活性化を介して血管透過性,アレルギーや炎症反応を増加させ,起痒因子の分泌を誘導することから,アレルギー性疾患における有害な役割も示唆されている.これらの結果から,抗菌ペプチドが炎症反応の調節において二重の役割を持つことが考えられる.

    【抗菌ペプチドが好中球に及ぼす影響】:hBD,LL-37,S100A7, IDR-1018,IDR-1002,IDR-HH2は好中球のアポトーシスを阻害するため,細胞の寿命を延ばす.これらの抗菌ペプチドは炎症促進性と抗炎症性の両方のサイトカイン・ケモカインの産生を誘導するため、炎症反応の調節において二重の役割を果たす.また,抗菌ペプチドは好中球の内皮細胞への接着,浸潤,殺菌作用,食作用,および活性酸素種の産生を増強する.興味深いことに,LL-37などは,α-ディフェンシンなどの他の抗菌ペプチドの産生を増強し,リポ多糖(LPS)が引き起こす炎症を抑制する.