かゆみの研究

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    メンバー

    研究内容

    私たちのグループでは、痒みの発生機序を基礎的に研究し、難治性痒みを伴う様々な疾患の病態の解明と予防・治療法の開発を目指し、現在、以下の研究を推進しています。

     

    1.表皮内神経線維

    アトピー性皮膚炎(AD)、乾皮症などの皮膚には、知覚神経線維の表皮内への侵入・増生が認められます(図1)。このような神経線維は外界と生体の境界部である角層直下にまで侵入してくることから、外部からの痒み刺激に対し容易に興奮することが推察され、これが痒み閾値の低下(過敏性)、また痒みの難治化につながると考えています。 これまでの我々の研究から、1)表皮内への神経線維の侵入・増生メカニズム、2)表皮内神経線維に対する各種治療法の効果、が明らかになりました。さらに、以上の結果を踏まえ、3)ADモデルマウスの病態に対するSemaphorin3A軟膏の有効性を検証し、4)表皮ケラチノサイトにおけるSema3A遺伝子の発現調節機構を解明することで、新たな難治性痒みの予防・治療法の開発を行っています。

    図1. アトピー性皮膚炎様病態を発症したNC/Ngaマウス皮膚

     

    1)表皮内神経線維制御メカニズム

    表皮ケラチノサイト
    表皮の主要構成細胞である表皮ケラチノサイトは、軸策ガイダンス分子である神経伸長因子 (Nerve growth factor; NGFなど)や神経反発因子 (Semaphorin 3A; Sema3Aなど)を産生しています。軸索ガイダンス分子の発現バランスは表皮-真皮境界部に分布する神経線維に影響を与え、表皮内への神経線維の侵入・増生を制御していることを明らかにしました(図2)。

    図2. 軸索ガイダンス分子のバランスによる表皮内神経線維の増生制御

    神経線維

    表皮‐真皮境界部に分布している神経線維が、表皮内に侵入するためには基底膜構成分子のType IVコラーゲンを分解する必要があります。神経線維は軸索円錐においてMMP2発現を増加させて基底膜を分解することを報告しました。さらに、真皮内においても、MMP8発現の増加により細胞外基質を構成するType IIIコラーゲンを分解して神経線維が伸長していくことを明らかにしました。

    2)治療による表皮内神経密度の変化

    ヒトAD皮膚に対するpsolaren ultraviolet A (PUVA) 療法の影響(図3)

    AD皮膚では表皮内神経線維の増生、表皮NGF発現の増加、表皮Sema3A発現の減弱が認められます。これまでADに対する紫外線療法の一つであるPUVA療法はADの痒みを効果的に軽減する作用が知られていましたが、そのメカニズムはわかっていませんでした。我々は、PUVA療法前後のAD患者皮膚を解析することで、PUVA療法が表皮NGFとSema3A発現を正常化し、表皮内神経線維の増生を抑制することを明らかにしました。同様のことはNarrowband-UVB療法でも観察されました。

    図3.PUVA療法が表皮軸索ガイダンス分子発現と表皮内神経密度に与える影響

    ドライスキンモデルマウスの表皮内神経線維に対する各種治療法の影響

    臨床治療で日常的に用いられている、保湿剤、ステロイド軟膏、紫外線療法の表皮内神経の増生に対する効果を横断的に検討し、臨床における痒み治療への応用を目指しました。表皮内神経線維の増生が認められる動物モデル(ドライスキンモデルマウス)に対し、治療を行い表皮内神経線維の増生抑制効果を検討しました。その結果、保湿剤<ステロイド軟膏<紫外線療法の順に表皮内神経線維の増生抑制効果が認められました。 また、ドライスキンモデルマウスの皮膚乾燥処置直後と24時間後に保湿剤を塗布した試験を比較すると、皮膚乾燥処置直後に保湿剤を塗布した方が表皮内神経線維の増生抑制効果が高いことが明らかになりました。このことは、皮膚が乾燥したら直ぐに、あるいはその前から保湿剤を使用することで皮膚乾燥に由来する痒みを予防できると考えられました。

    3)Sema3A軟膏のAD病態に対する影響

    我々は健常皮膚の表皮において、神経線維の侵入を抑制するタンパク質であるSema3Aの発現がAD表皮で低下していることを明らかにしました。さらに、各種治療により表皮Sema3A発現が正常化し、表皮内神経線維の増生が抑制されることを明らかにしました。そこで、リコンビナントSema3A含有軟膏を調製し、Sema3Aの経皮的補充療法を試み、ADモデルマウスの痒み行動に与える影響を検討しました。その結果、ADモデルマウスに対する経皮的Sema3A補充療法がADの病態改善効果とともに、表皮内神経線維の増生を抑制し(図4)、痒み抑制効果を持つことを明らかにしました。
    図4. Sema3A含有軟膏の表皮内神経線維の増生に対する影響

    4)表皮ケラチノサイトにおけるSema3A遺伝子の発現調節機構

    AD及びドライスキンなど表皮バリア機能が破綻した皮膚では、神経線維の退縮に関与するSema3Aの発現減少と表皮内神経線維の増生が認められます。先行研究で著明な効果が認められたSema3A軟膏は生産コストや製剤の安定性の面からも実用化が困難であることから、現在、表皮ケラチノサイトに発現する内在性Sema3Aの発現促進剤の開発を目指して研究を進めています。これまでの研究で、レチノイド関連オーファン受容体α作動薬であるコレステロール硫酸(図5)や、抗菌ペプチドの一種であるLL-37(図6)が表皮ケラチノサイトにおけるSema3A発現を促進することを明らかにしました。

    図5. コレステロール硫酸はmRNA及びタンパク質レベルでSema3A発現を誘導する 図5. コレステロール硫酸はmRNA及びタンパク質レベルでSema3A発現を誘導する
    グラフ図6 抗菌ペプチドLL-37による内在性Sema3A発現促進作用 図6. 抗菌ペプチドLL-37による内在性Sema3A発現促進作用

    最近の研究では、Sema3A 遺伝子は角化の初期段階である有棘層の下層から基底層で発現しており、その発現調節メカニズムにはMAPK系のシグナル分子と転写因子AP-1を介することを明らかにしました (図7)。健康な表皮には顆粒層で最大となるカルシウムイオンの濃度勾配が存在しますが、Sema3A遺伝子はカルシウムイオン濃度勾配の低濃度域、すなわち表皮細胞の代謝サイクルの初期段階にあたる基底層から有棘下層に発現しています。本研究成果から、乾皮症やアトピー性皮膚炎などの疾患によってバリア機能が低下すると表皮のカルシウムイオン濃度勾配が失われ、Sema3Aの発現減少につながる可能性が示唆されました。

    図7. 正常ヒト表皮におけるSema3Aの発現調節メカニズム

     

    2.オピオイドペプチド-オピオイド受容体

    外因性μオピオイド受容体作動薬の代表であるモルヒネは、鎮痛作用の一方で痒みを誘発することが知られています。この知見をもとに、難治性痒みの一因として、オピオイドペプチド-オピオイド受容体(オピオイド系)を介した痒みの発生機序についての研究が進められてきました。 オピオイド系の痒みは一般的にオピオイド受容体が広く分布する中枢神経系が関与する痒みと考えられていましたが、表皮ケラチノサイトのような末梢組織にもオピオイド受容体とそのリガンドが存在していることを明らかにしました。これまでの我々の研究から、1)ADと乾癬の表皮におけるオピオイド系発現、また2)PUVA療法によるAD患者の表皮オピオイド系発現への影響が明らかになりました。

    1)アトピー性皮膚炎と乾癬における表皮オピオイド系発現

    痒み発現に関与するオピオイド系には、痒み誘発系であるμ-オピオイド系(β-endorphin/μ-受容体)と痒み抑制系であるκ-オピオイド系(Dynorphin A/κ-受容体)があります(図1)。 AD患者の表皮では、健常者と比較して、µ-オピオイド系の発現に変化は認められませんが、κ-オピオイド系の発現が低下していました。つまり、表皮オピオイド系の発現バランスがμ-オピオイド系優位となり,痒みが誘発されていることが明らかになりました。さらに我々は、乾癬患者の皮膚生検を用いて表皮オピオイド系発現について解析を行った結果、AD患者と同様に、κ-オピオイド系発現の減少を認めました。同時に乾癬患者の表皮内神経密度の解析を行いましたが痒みとの相関が認められなかったことから、乾癬の痒みには表皮内神経線維の増生よりもオピオイドシステムの関与が強いことが明らかになりました。

    図1.オピオイド系の発現バランスによる痒み発現制御モデル

    2)治療による表皮オピオイド系発現の変化

    PUVA療法前後のAD患者の皮膚の解析から、PUVA療法は表皮ケラチノサイトにおけるμ-オピオイド受容体発現を減少させ、dynorphin Aの発現を増加させることが明らかになりました(表1)。つまり、PUVA療法はμ-オピオイド系とκ-オピオイド系の発現のアンバランスを、κ-オピオイド系優位にすることで、痒み抑制効果を示すことが示唆されました。
    表1. PUVA療法のAD表皮オピオイドシステム発現に与える影響

    3)乾癬病態モデルマウスのかゆみに対するMu-オピオイド拮抗薬及びKappa-オピオイド作動薬の影響

    乾癬の痒みが生活の質(QOL)を著しく下げることが報告されており、近年、乾癬の痒みに対する注目度が増してきております。我々は、μ-オピオイド受容体拮抗薬(塗布及び全身投与)あるいは中枢移行性κ-オピオイド作動薬(全身投与)が乾癬様病態を発症したマウスの痒み行動を抑制することを明らかにしました。この結果は、末梢や中枢のμ-オピオイド受容体、中枢のκ-オピオイド受容体が乾癬の痒み治療の標的になることを示唆しており、今後の治療薬の開発に有用な情報であると考えられます。

    4)機械的かゆみ誘発因子エンドモルフィンの同定とその分解メカニズムの解明

    毛糸のセーターなどが皮膚に触れる刺激、「触刺激」によって引き起こされるかゆみは「機械的かゆみ」と呼ばれています。よく知られている現象ですが、機械的かゆみが皮膚でどうやって起こっているかはほとんど明らかになっていません。私たちは、この機械的かゆみが、Mu-オピオイド受容体のリガンド、「エンドモルフィン」によっておこることを明らかにしました。また、エンドモルフィンによる機械的かゆみは通常、ジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)酵素によって分解調節されることで抑えられていることを、生まれつきDPPIV酵素を持たないCD26欠損マウスを用いて明らかにしました (図2) 。 さらに、かゆみを伴う疾患の患者さんの皮膚では、機械的かゆみに対して感受性が高くなっていること(機械的かゆみ過敏)が知られていますが、そういった皮膚でエンドモルフィンの量が増加傾向にあることも明らかにしました。

    図2.エンドモルフィンによる機械的かゆみの誘発とDPPIV酵素によるその調節メカニズム

     

     

    3.上皮ー神経ー免疫コミュニケーション

    1)皮膚バリアの破綻による制御性T細胞の動態

    界面活性剤をマウスの皮膚に塗布すると、皮膚バリアが破壊されます。界面活性剤塗布による皮膚バリア破壊モデルマウスの皮膚の解析により、免疫系の恒常性維持に働く制御性T細胞(Treg)が真皮内に浸潤していることが明らかになりました。またTregの浸潤は、アラーミンとして知られるインターロイキン(IL)-33が直接関与していることが明らかになりました (図1)。以上より、バリア破壊時、IL-33は皮膚にTregを遊走させ浸潤・集積させ、Tregは免疫抑制に働くことで炎症を起こさないようにし、皮膚の恒常性を維持していることが示唆されました。

    図1.皮膚バリアの破綻における制御性T細胞の役割

     

     

    4.かゆみのバイオマーカーに関する研究

    1)アトピー性皮膚炎の血漿グランザイムB値とかゆみ・皮膚炎の重症度の相関解析

    生体内の痒みメディエーターの1つであるプロテアーゼは、プロテアーゼ活性化受容体2などの活性化を通じて、痒みを惹起します。健常者とAD患者の血液を用いた解析から、セリンプロテアーゼの一種であるグランザイムBの血中濃度はAD患者で高値を示し(図1)、痒みや皮膚炎の重症度と相関することを明らかにしました(図2)。

    図1. 血中グランザイムB値の定量
     
    図2. 血中グランザイムB値と痒みスコアの相関
     
     

    2)慢性肝疾患のかゆみの程度と血漿中ダイノルフィンA濃度の相関

    慢性肝疾患は強いかゆみを呈する全身疾患の一つですが、これまでに慢性肝疾患のかゆみと相関するバイオマーカーは不明でした。これまでの研究から、β-エンドルフィンはかゆみ発現を誘発する内在性オピオイドであり、一方、ダイノルフィンAはかゆみ発現を抑制する内在性オピオイドであることが分かっていました。そこで、これらのオピオイドに着目し、慢性肝疾患患者の血漿中のβ-エンドルフィン量及びダイノルフィンA量を測定しかゆみの程度を示すVASスコアとの相関性を調べました。その結果、慢性肝疾患患者のかゆみの程度は、血漿中ダイノルフィンA量と有意な負の相関を示しました。即ち、かゆみを抑制するように働くダイノルフィンAの量が低下すると、慢性肝疾患患者のかゆみが強いことが判明しました。さらに、β-エンドルフィン量(かゆみ誘発オピオイド)/ダイノルフィンA量(かゆみ抑制オピオイド)の比を算出すると、この値が大きいほど、慢性肝疾患患者のかゆみが強く、これらの間で正の相関を示すことも明らかになりました。以上のことから、血漿中ダイノルフィンA量は慢性肝疾患のかゆみの程度を反映することが示唆されました。

    図3. 慢性肝疾患患者におけるかゆみと血漿中オピオイド量の相関関係

     

    3)デュピルマブ治療後のアトピー性皮膚炎におけるバイオマーカーの変化

    デュピルマブはアトピー性皮膚炎(AD)の炎症だけでなく、かゆみを鎮めることが知られています。デュピルマブ投与前後のAD患者の皮膚及び血清を用いて解析を行った結果、血清中thymus and activation-regulated chemokine (TARC) 、インターロイキン(IL)-22、表皮肥厚がデュピルマブによる治療効果を反映することが判明しました。また、血清中IL-31がAD患者の表皮内神経線維数を反映することも明らかとなりました。 以上より、皮膚を採取して神経線維の分布を組織学的に検査せずに血液中のIL-31量を調べることで、表皮内神経の密度を推定し、かゆみ過敏状態の有無を推測できることが可能になりました。また、血清中TARC、IL-22及び表皮肥厚がデュピルマブ治療の効果判定因子となり得ることが明らかになりました。

    図4.アトピー性皮膚炎におけるデュピルマブの治療効果判定要素

     

     

    4) かゆみを伴う様々な皮膚疾患における血漿オピオイド濃度と血清リポカリン(LCN)-2濃度の解析

    皮膚疾患にはかゆみを伴うものがありますが、これまで血漿オピオイド濃度とかゆみの強さの相関は一部しか明らかになっていませんでした。そこで、アトピー性皮膚炎、乾癬、結節性痒疹、蕁麻疹、掌蹠膿疱症、皮脂欠乏性湿疹の各々におけるβ-エンドルフィンとダイノルフィンAの血漿中濃度を測定し、かゆみの程度を示すVASスコアと相関解析を行いました。健常者と比べて、β-エンドルフィン濃度は血液透析患者と皮脂欠乏性湿疹患者で高く、ダイノルフィンAは血液透析患者、皮脂欠乏性湿疹、蕁麻疹で低いという結果が得られましたが、これらの濃度とかゆみの強さの間に相関はありませんでした。

    図1.かゆみのある様々な皮膚疾患における血漿オピオイド濃度の比較

    一方、血清LCN-2濃度は乾癬のかゆみの強さと相関することが知られています。今回、様々な皮膚疾患における血清LCN-2濃度を測定し、かゆみの強さと相関解析を行いました。その結果、既報と同様に血清LCN-2濃度は健常者と比べて乾癬患者で高く、VASスコアならびに重症度マーカーのPASIスコアとの間に相関がありました。一方、その他の皮膚疾患(アトピー性皮膚炎、結節性痒疹、掌蹠膿疱症)における血清LCN-2濃度は、かゆみの強さとの間に相関が認められませんでした。 以上の結果より、内因性オピオイド濃度は血液透析患者や皮脂欠乏性湿疹患者で変動するものの、かゆみの強さを直接反映しないことがわかりました。一方、血清LCN-2濃度は乾癬のかゆみと重症度を示すバイオマーカーになりうることが示唆されました。

    図2.乾癬患者における血清LCN-2濃度とかゆみの強さ、重症度スコアとの相関解析

     

    5.かゆみの解析ツール

    ヒトiPS cellsからの末梢かゆみ神経誘導法の開発

     

     

    6. かゆみ過敏に関する研究

    1) 高齢者の難治性かゆみに対する有効な薬剤の選定とその鎮痒機序の解明

    加齢はかゆみのリスクファクターとして知られており、多くの高齢者がかゆみに悩まされています。高齢者のかゆみの原因は、ドライスキンなどをはじめ多岐にわたりますが、特に発疹や乾燥などの目に見える変化を伴わない症例については原因が特定されておらず、従って市販されている抗かゆみ薬のうち、どの薬に治療効果があるかについても十分な知見がありません。このような背景の中、近年皮膚病変のない老齢マウスにおいて、通常は無害な機械的刺激によって引き起こされるかゆみ過敏現象、「機械的アロネーシス」が亢進していることが報告されました。そこで私たちは、この機械的アロネーシスを、発疹や乾皮症を伴わない高齢者のかゆみモデルとして用い、現在日本でかゆみ治療に使用されている複数の薬剤の有効性と作用機序を検討しました。その結果、プレガバリン、ノイロトロピン、バリシチニブ、アブロシチニブの4つの薬に高齢者のかゆみモデルの機械的アロネーシスを抑制する効果が認められました。またこの4つの薬は、脳から脊髄に至る「下行性抑制系」と呼ばれる神経経路を活性化することで効果を発揮していることが示されました(図1)。これらの知見は、特に上記の高齢者の原因不明のかゆみにおいて、既存の抗かゆみ薬からの治療薬の選定や、新たな抗かゆみ薬の創生を目指す際の基礎知見として有用だと考えられます。

    図1. 高齢者のかゆみに有効であった薬剤とその機序

     

    2) ドライスキンにおけるかゆみ過敏に対するJAK阻害薬の効果とその機序 ~ドライスキンのかゆみ過敏誘発機序の考察~

    JAK阻害薬は、2020年以降に使用が開始された比較的新しいアトピー性皮膚炎の薬です。JAK阻害薬を服用した患者さんの中には、炎症にはまだ効果が見られないような服用初期において、かゆみが先に治まった例が多く報告されています。しかし動物モデルでは、JAK阻害薬はアトピー性皮膚炎の炎症とかゆみの両方に効果があるものの、一定期間連続的に投与した場合でしか効果が知られていませんでした。一方、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患では発症初期から、健康な人が何も感じないような弱い機械刺激でかゆみが引き起こされる、「機械的かゆみ過敏」と呼ばれる現象が起こりやすく、これにより患部を掻き崩すことが、炎症やかゆみを悪化させる引き金となっているといわれています。そこで本研究では、アトピー性皮膚炎などのかゆみの形成に深い関与が知られる「ドライスキン」の病態マウスを用いて、この「機械的かゆみ過敏」に対するJAK阻害薬の治療効果とその機序を調べました。 JAK1/2阻害薬デルゴシチニブ、JAK1選択的阻害薬アブロシチニブ、JAK2選択的阻害薬AZ960を飲ませたところ、いずれも投与30分後には、目に見える炎症の変化を起こすことなく機械的かゆみ過敏を抑制すること、中でもJAK1選択的阻害薬で最も強い抑制効果がみられることが分かりました。さらに研究を進めたところ、JAK1選択的阻害薬は、皮膚中の末梢神経に存在しているJAKに作用することで、IL-4、IL-13、TSLPといった2型サイトカインによるかゆみ過敏誘発作用を抑制することにより、ドライスキンモデルマウスの機械的かゆみ過敏の誘発経路 (図2) を即時的に抑制している可能性が示されました。 ドライスキンは、アトピー性皮膚炎を含めた炎症性皮膚疾患のかゆみの形成に共通して深い関与が知られる病態であることから、この知見は炎症性皮膚疾患全般におけるかゆみ過敏の誘発メカニズムの解明や治療方法の確立に役立つ可能性があります。

    図2. JAK1選択的阻害薬の機械的かゆみ過敏抑制メカニズム (モデル図)

    健常皮膚では炎症が起こっていないことから皮膚に常に存在している2型自然リンパ球(ILC2) からも2型サイトカインはほとんど分泌されず、機械的かゆみ過敏が起こりにくい。ところがドライスキンでは皮膚の乾燥の結果、掻き崩しによって表面が壊れ、TSLPが放出されることで、ILC2やヘルパーT2細胞 (Th2) が活性化され、IL-4やIL-13の産生が促進される可能性があります。TSLP、 IL-4、 IL-13は末梢神経上に存在するそれぞれの受容体 (IL-4R,IL-13R,TSLPR) から、JAK1を介して機械的かゆみを誘発していると考えられます。よってJAK1選択的阻害薬 (JAK1阻害薬) は、TSLP、 IL-4、 IL-13が引き起こす機械的かゆみ過敏を抑制することで、連続投与における炎症に対する作用とは別に、速やかにかゆみを抑制している可能性があります。  

     

     

    7.その他の痒みのメカニズム、メディエーターに関する研究

    また、痒みは痛みと非常に類似した発生機序により、我々に外部異物の侵入や身体の異常を知らせてくれるサインです。そのため、最近では、痒みと痛みの相互作用に着目した研究も行っています。 我々の研究テーマに興味がありましたら是非ご連絡下さい。研究者や大学院生等、多くの方の研究への参加を希望しています。

     

    8.その他の皮膚科学研究

    1)加齢に伴う天然保湿因子(NMF)産生酵素の活性及び発現変動の解析

    角層バリアを担う因子の1つであるNMFの大部分は遊離アミノ酸とその誘導体から構成されています。それらはフィラグリンの分解によって生成され、角層の水分量や皮膚表面pHを一定に保つために重要な役割を果たします。今回、健常な若年者と高齢者の角層抽出液を用いて、NMFアミノ酸産生の鍵となるブレオマイシン水解酵素(BH)の酵素活性及び発現パターンと、NMFアミノ酸産生量を解析しました。その結果、若年者と比べて高齢者のBH活性は高くNMFアミノ酸が大量に産生されている(図1)にも関わらず、角層水分量と経表皮水分蒸散量は低く、乾燥肌状態であることを明らかにしました。以上より、高齢者の皮膚においては、乾燥肌を補うため、代償的にBHの活性と発現が増加している可能性が考えられました。

    図1.若年者と高齢者の角層におけるBH活性とNMFアミノ酸量の比較

     

    2)分子標的型抗がん剤による皮膚障害のメカニズムの解明

    分子標的型抗がん剤は従来の抗がん剤で見られる脱毛、骨髄抑制、吐き気などの副作用が少ない反面、ニキビのようなざ瘡様皮疹、爪の周りに炎症を起こす爪囲炎、皮膚の乾燥、手掌や足底に生じる手足症候群など、皮膚に副作用が生じやすいことが知られています。しかしながら、その発症機序はよくわかっておらず、主な治療法は対症療法しかありませんでした。私たちは分子標的薬のマルチキナーゼ阻害薬の一種であるソラフェニブを用いて、約1200種類の既存薬のスクリーニングを行った結果、クロファジミン、ピルビニウムパモ酸塩、イトラコナゾールなど既存薬がソラフェニブによる表皮角化細胞の細胞障害を抑制することを発見しました。本成果は、従来、発症機序もわからず、明確な治療法がなかったマルチキナーゼ阻害薬による手足症候群などの皮膚障害に対し、新規治療法開発に役立つ可能性を示唆しました。  

     
    3)ソラフェニブによる細胞障害に対するアゾール系抗真菌薬の細胞保護メカニズムの解明 分子標的型抗がん剤の一種であるマルチキナーゼ阻害薬のソラフェニブによる皮膚障害にアゾール系抗真菌薬が細胞保護作用を示すことを解明しました。MKIの副作用は、手掌や足底などに過角化や痛みのある水疱が出現する手足症候群(HFSR)を高率に発症することが知られています。しかしながら、その発症機序や根本的な治療法は明らかにされていませんでした。研究グループはソラフェニブによる表皮細胞障害の発症機序には炎症性サイトカインの分泌促進やアポトーシス阻害因子cIAP-1の発現低下によるアポトーシスの促進が関与しており、アゾール系抗真菌薬のイトラコナゾールが細胞障害を抑制することを解明しました。また、外用薬のケトコナゾールをHFSR患者の病変部に塗布すると、症状が改善することも明らかになりました。本成果はこれまで対症療法しかなかったHFSRに対し、アゾール系抗真菌薬投与による治療法の可能性を示唆しました。  

    図.ソラフェニブによる細胞障害に対するアゾール系抗真菌薬による細胞保護メカニズム

     

    9.共同研究実績

    共同研究課題(委託者五十音順)

    • 皮膚バリアと痒みに関する総合的研究(アース製薬株式会社)
    • 皮膚バリアと痒みに関する研究(花王株式会社)
    • 皮膚バリアと痒みに有効な漢方薬の検討(大峰堂薬品工業株式会社)
    • 表皮内神経線維と痒みに対する保湿剤の影響(佐藤製薬株式会社)
    • かゆみの客観的評価に関する研究(ティア・リサーチ・コンサルティング合同会社)
    • 痒み治療法の開発に関する研究(TORAY)
    • 痒覚過敏に対する治療薬の影響(鳥居薬品株式会社)
    • 痒み過敏に対するNTPの影響とそのメカニズムの解明(日本臓器製薬株式会社)
    • かゆみ過敏に対する天然化合物の影響 (富士産業株式会社)

    過去の共同研究実績(委託者五十音順)